東京高等裁判所 昭和26年(ネ)277号・昭25年(ネ)1205号 判決
(一) 本件買収計画樹立の日は昭和二十四年六月五日同計画に対して原審原告が異議を申立てた日は同月十四日異議却下決定の日は同月十六日同決定の原審原告へ送達せられた日は同月十七日原審原告の訴願申立の日は同月二十五日訴願棄却の裁決の日は同年八月十三日同裁決書の原審原告へ送達せられた日は同月二十四日である。
(二) 原審原告は昭和十七年春頃本件千四百十八番の一宅地二反九畝十一歩の内二百五十坪を訴外伊東義勝へ残りを訴外若月常造へそれぞれ賃貸し、右地番以外の本件土地全部を若月常造へ賃貸したところ、若月常造はその後本件土地の内千四百二十三番田六畝十一歩を伊東義勝へ転貸したものであると述べ、
参加人に於て原審原告主張の右(一)の事実を認め、(二)の事実は日時の点を除き他を認めた。(証拠省略)
三、理 由
原判決末尾添附の目録記載の土地(以下本件土地と称する)が原審原告の所有に属するところ、訴外若月常造、伊東義勝の申請に基き原審被告が自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六条の二により昭和二十四年六月五日右土地に対し買収計画を樹立した事実、右買収計画に対する異議申立から訴願棄却の裁決書が昭和二十四年八月二十四日原審原告へ送達せられる迄の経過が原審原告主張のとおりである事実は本件当事者間に争がない。
而して本訴が昭和二十四年九月七日提起せられたことは本件記録により明白であるから本訴は法定の期間内に提起せられ適法である。
よつて内容に入つて審按するに、
原審原告が本件千四百十八番の一宅地二反九畝十一歩の内二百五十坪を訴外伊東義勝へ、残りを訴外若月常造へそれぞれ賃貸し、右地番以外の本件土地全部を若月常造へ賃貸したところ、若月常造はその後本件土地の内千四百二十三番田六畝十一歩を伊東義勝へ転貸した事実は当事者間に争がない。
よつて右賃貸の日時、賃貸借の条件、当時の事情を考察するに成立に争のない乙第一号証、乙第二号証、乙第六号証、真正に成立したものと認める甲第十号証の一、原審証人伊東義勝、東泉宇市、若月常造の各証言(但し後段各認定に牴触する部分を除く)を綜合すれば、原審原告は大正六年頃から本籍栃木県塩谷郡泉村大字山田千四百十八番地の一を離れ東京市内に居住し会社員として勤務し昭和十六、七年頃は千葉県下の会社へ勤務しその後現員徴用となつた事実、原審原告の弟石田努は昭和十八年頃応召した事実、原審原告家では昭和十五年頃手不足の為め所有農地の耕作に困り原審原告は母伊東ミツを代理人として当時既に畑となつていた本件千四百十八番の一宅地二反九畝十一歩の内二百五十坪を伊東義勝へ、右宅地の残部と右地番以外の本件土地全部を若月常造へそれぞれ期間を定めずに賃貸した事実、若月常造は本件土地の内千四百二十三番田六畝十一歩は昭和十七年春頃原審原告の懇請により伊東義勝へ転貸した事実をそれぞれ認めることが出来る。原審原告は本件賃貸借契約は原審原告の徴用解除又は弟努の復員迄の一時の賃貸借契約であつたと主張するが前段認定によれば本件賃貸借契約が成立したのは原審原告の徴用、弟努の応召の日時より前であり且前記認定の賃貸当時の状況から考へてその主張は採用し難い。又甲第二号証は原審証人若月常造の証言によれば本件賃貸借契約成立の後時日を経過し且文盲の若月常造に捺印せしめた文書であることが認められるから同号証の記載内容中前段認定に反する部分は輙く措信し難く原審証人石田努、藤田良一の各証言中右認定に反しこの点に関する原審原告の主張に副ふ部分は採用しない。その他原審原告の立証によるも到底以上の認定を覆し得ない。
次に原審原告は昭和二十年十月中旬訴外藤田良一を介し若月常造、伊東義勝との間に本件土地の賃貸借契約を合意の上解除し各耕作土地の返地を受けたと主張し原審証人石田努、藤田良一、当審証人伊東アヤ、原審並に当審証人伊東義勝は同主張に副ふ供述をするが、右供述は後段の認定に照し輙く信を措き難い。却て前顕乙第六号証、甲第十号証の一、原審証人伊東義勝の証言により真正に成立したことが認められる乙第五号証の一、原審証人石田努、伊東義勝、町井金市郎、東泉宇市、若月常造、当審証人鈴木良、若月サイ、鈴木キワ、高瀬定、高野忠志(但し後段認定に牴触する部分を除く)の各証言を綜合すれば、原審原告はその後徴用解除となり昭和二十年九月頃栃木県那須郡野崎村大字下石上千四十六番地へ帰村し引続き同所に居住するところ、同年十月中旬以来若月常造、伊東義勝に対し人を介し又は自ら執拗に本件土地の返還を要求した事実、右両人は原審原告の同要求に対し判然承諾をなさず依然耕作を続けて来たが伊東義勝は原審原告の親戚で従前原審原告家の世話にもなつていたので表向強硬な態度にも出られないでいる内原審原告は同年十二月二十五日伊東義勝の耕作に係る本件土地の内田六畝十一歩を取上げて自ら耕作を始め、翌昭和二十一年四月には若月常造の耕作に係る田を全部取上げて耕作を始め、同年五月頃には両人耕作中の畑には麦が発芽しているのにも拘らずその間に無断大豆を蒔き付けてた為め右両人も同年六月頃麦を収穫して已むなく手を引くに至りその後原審原告に於て引続き自ら耕作を継続している事実が認められる。控訴人の立証によるも前記認定を覆すことが出来ない。
然らば前記認定の事実によれば原審原告と若月常造、伊東義勝との間には本件土地について当事者任意に納得して賃貸借契約の合意解除がなされたものとは認め難く、原審原告が不法に右両人から本件土地を取上げたものと云ふべく、従て昭和二十年十一月二十三日当時本件土地については原審原告と右両人との間には賃貸借契約が存続し且原審原告は本件土地の所在する塩谷郡泉村には居住せず、那須郡野崎村に居住していたものであるから自創法第六条の二第一項により若月常造、伊東義勝の遡及買収の申請により原審被告が昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて定めた本件買収計画には原審原告主張の如き違法の点はない。
次に本件買収計画と同条第二項所定の事由との関係を考究するに、
(一) 前段認定によれば本件賃貸借契約については合意解除の事実が認められず又本件に顕れたすべての資料によるも栃木県農地委員会が本件賃貸借契約につき合意解除があつたものとしてこれを適法且正当であると認めた事跡もなく、
(二) 本件に顕れたすべての資料によるも、本件遡及買収の申請が信義に反することはこれを認め難く、(尤も原審証人伊東義勝の証言によりその真正に成立したことが認められる乙第五号証の二、成立に争のない甲第十一号証によれば伊東義勝は本件土地の内その耕作部分につき原審被告に対し売渡の申請をし、その後売渡の申請を取下げたことは認められるが、前記認定の如くに適法な遡及買収の申請により一旦適法な買収計画が定められた以上買収の申請の取下が許されるものとも解し難く、これが取下により一旦成立した買収計画に何等の影響がないものである。
(三) 原審証人伊東義勝の証言によれば伊東義勝の耕作反別は田畑併せて僅かに五反歩程度であり、原審証人若月常造、鈴木良の各証言を綜合すれば若月常造は本件土地の外鈴木良から田一反三畝歩畑一反一畝歩を小作する傍村役場の小使をも勤めていた事実を認め得るから自創法第六条の二第二項第三号の買収除外事由の存在しないことは云ふ迄もなく、
(四) 成立に争のない乙第八号証、原審証人田石努、町井金市郎、伊東義勝、東泉宇市、鈴木良、伊東鉄、当審証人東泉宇市、高瀬定の各証言、(前記不採用の部分を除く)原審並に当審に於ける各検証の結果を綜合すれば、原審原告は前記の如く昭和二十年九月野崎村へ帰村する迄長く会社員として勤務していて農業に経験なきに拘らず現在本件土地も含めて田七反一畝二十一歩畑三反十五歩を自ら耕作するところその耕作成績不良にて供出も未納勝であり、その住所と本件土地とは約一里を距てゝ居る事実、これに反し伊東義勝、若月常造の耕作反別は前認定のとおり僅少であり、且同人等は長年主として農業に励みその成績も良好で供出も未納がなく本件土地はいずれも両人等の住居の軒先近くに存在する事実が認められる。従て右事実によれば本件土地が買収せられるとしても原審原告の生活状態が伊東義勝、若月常造より著るしく悪くなるものとも認めることは出来ない。
然らば本件買収計画は自創法第六条の二第一項の要件を具備し同条第二項第一号ないし第四号の買収を許さない事由も存在しないこと明かであるから本件買収計画は適法でありこれを違法であると主張する原審原告の本訴請求は理由がない。
然るに当裁判所とその見解を一部異にして原審原告の本訴請求を一部認容した原判決はその部分に限り不当としてこれを取消すべくその他は相当として維持すべきものと認める。
よつて原審原告の本件控訴は理由がなく原審被告の本件附帯控訴は理由があるものと認め民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)
原審判決の主文および事実
一、主 文
被告泉村農地委員会が定めた
別紙目録記載の農地に対する買収計画中泉村山田一四二三番田六畝一一歩同所一四一八番ノ一宅地(現況畑)二反九畝一一歩中元伊藤義勝の耕作した地域八畝五歩(鑑定人津久井芳忠作成の鑑定書中(2)の部分九畝二十八歩より<ホ>の部分を控除した区域)に対する部分を取消する。
原告其の余の請求を棄却する。
訴訟費用は三分しその一を被告の負担としてその二を原告の負担とする。
二、事 実
原告は請求の趣旨として被告が原告所有の別紙目録記載の農地につき自作農創設特別措置法第六条の二の規定により定めた買収計画を取消する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その原因として被告は原告所有に係る別紙目録記載の農地につき自作農創設特別措置法第六条の二の規定に該当するものとして農地買収計画を樹てたが、右農地は昭和十七年四月頃原告が徴用中であつたのと翌年弟努が出兵するため原告の帰村又は弟の除隊のとき返還する条件の下に一時的に賃貸したものであるが、昭和二十年九月原告が徴用解除となり同年十月五日弟が復員帰郷したので昭和二十年十月中旬訴外藤田良一を介し合意解約の上返地を受け以後原告が自作し居るもので、従つて右土地について樹てた買収計画は同法第六条の二に該当しない違法の処分であるから異議申立をなしたが被告は却下したので本訴請求に及んだと陳べた。(立証省略)
被告並に補助参加人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告主張事実中被告が買収計画を樹てた点は認むるもその他は否認する。本件農地は訴外若月常造伊東義勝に於て原告の家族より昭和十五年頃長く耕作させると云う条件で借受けたものであり、原告は大正六年より東京に在住していたもので原告主張のように昭和十七年に於ける現員徴用による一時賃貸借の農地でない。又本件田については小作人若月常造伊東義勝に対し昭和二十一年春に至り返還請求をなし強引に引上げたもので畑については同年六月麦収穫後強引に引上げたもので右引上については村農地委員会の承認なく、且つ農地調整法第九条の解約制限の除外事由に該当すべき何等の理由がない許りでなく、原告は昭和十八年野崎村へ寄留し現在も同村に在住しておるから不在地主で若月常造伊東義勝の遡及買収の要求は信義に反するものとは認められないし、本件農地は原告在住とは一里以上の距離があるのに小作人の軒下に続いており耕作の便宜は勿論生産も農の経験がない原告が耕作するよりは純農である小作人が耕作した方が生産があがる事は必至であるから本件農地は自作農創設特別措置法第六条の二第一項に該当するものであり、又同条第二項第一号第二号に該当するものではない。よつて被告のなした処分は違法でないと陳べた。(立証省略)